資料問題⑦:世界恐慌と経済の分断(図表調整版)
1. 狂騒の20年代と暗黒の木曜日
1929年10月、ニューヨークのウォール街で起きた株価大暴落は、瞬く間に世界中を巻き込む大不況へと発展した。次の【資料1】【資料2】を読み、その連鎖の仕組みを分析しなさい。
【資料1】アメリカの株価推移(ダウ平均)
【資料2】恐慌が広がった理由(負の連鎖)
問1 【資料1】【資料2】から読み取れる、世界恐慌の特徴として誤っている記述を選びなさい。
【正解:②】
解説: 資料1のグラフを見ると、1929年の暴落後、株価はさらに下がり続け、1932年にはピーク時の数分の一になっています。「すぐに回復」という記述は明らかに誤りです。
2. ブロック経済と国際対立
恐慌への対策として、イギリスやフランスなどの「持てる国」は排他的な経済圏を作った。一方、ドイツや日本などの「持たざる国」はどうしたのか。次の【資料3】を見て問いに答えなさい。
【資料3】ブロック経済のイメージ図
【資料4】ブロック経済とは
本国と植民地の間に関税(税金)をかけず、他国の商品は高い関税をかけて締め出す政策。
→ 自国の産業は守れるが、世界貿易は縮小し、対立が深まる。
問2 【資料3】【資料4】から読み取れる、ブロック経済が第二次世界大戦の遠因となった理由として、最も論理的な説明を選びなさい。
【正解:②】
解説: 英仏などの「持てる国」が自国の経済圏をブロック(閉鎖)したため、「持たざる国」は輸出先を失い経済が破綻寸前になりました。その打開策として、「武力で他国を侵略して自分のブロックを作る」というファシズムの道へ進むことになりました。
3. 飢餓の中の廃棄(資本主義の矛盾)
世界恐慌の最中、アメリカでは不可解な現象が起きていた。街には飢えた人々が溢れているのに、農村では大量の農作物が捨てられていたのである。なぜこのような矛盾が起きたのか、市場メカニズムの観点から考察しなさい。
【資料5】農作物の価格暴落サイクル
【資料6】スタインベック『怒りの葡萄』より
「人々が川に来て、捨てられたジャガイモを拾おうとすると、監視人が追い払う。」
「オレンジの山に灯油がかけられ、火がつけられる。豚の死骸には石灰がまかれる。」
飢えた人々の目の前で、食料が破壊されていく。価格を維持するために。
問3(考察) 飢えている人が大勢いるにもかかわらず、農家が農作物を「廃棄」せざるを得なかった経済的な理由と、この事態に対するアメリカ政府(ニューディール政策)の対応策として、最も適切な組み合わせを選びなさい。
【正解:②】
解説(重要):
1. パラドックス: 市場経済では「価格」が全てです。価格が暴落し、トラックで運ぶガソリン代の方が高くなれば、農家は出荷できず、その場で捨てるしかありません(さもないと自分が破産する)。
2. 政府の介入: 放置すれば「飢餓」と「農家破綻」が同時に進むため、ルーズベルト政権は農業調整法(AAA)を制定。政府がお金(補助金)を出して、あえて「作らせない(減産)」ことで価格を安定させようとしました。これは自由放任主義の修正を意味します。
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